これは誰かに話したことがあるかないか忘れたなぁ
今だから言えますが
私は中学校から高校にかけて
『死』に対して憧れ的なものを感じているときがありました
絶望的な自分になる前に
みんなに自分のすべてを知られてしまうなら
いっそのこと良いイメージのまま
悪い自分を知られないうちに死んでしまえば
みんなの中で自分が永遠になると思っていました
ふとした瞬間に
『今死んだらどうなるんだろう』
『自分が死んだって何も変わらない』
『別にいつ死んだってかまわない』
『死んだらどうなるんだろう』
そう思っていました
だいたいそれを深く考えていたのは夜寝る前です
でもそのことを考えていると
本当にばかなので自分で自分がいなくなることを想像しておいて
よく大泣きをしていたものです
えぇ分かってます。要はヒマ人です(笑)
思春期の心の不安定さなのかなんなのかよく知りませんがね
血を久々に見たときには
『本当に赤い血が体の中を流れているんだ』
などとよく思ったものです
もの心ついて大人になっていく中で
身内で亡くなった人はおらず
『死』について触れる機会はありませんでしたが
大学生の時です
父方のじいちゃんが亡くなりなりました
入院して3ヶ月くらいだったでしょうか
意識もあまりなく会話はしますがじいちゃんは何も覚えていません
でも覚悟はしておいてくださいと言われました
最後に話したのは何だったでしょうか
『また来るね』と私が言うと
にこっと笑って『おぅ』と言ったような気がします
あの日は雨と風が強い日でした
家族全員がたまたまお見舞いに来た日です
みんなに見守られながら
どこか遠くへ行ってしまいました
まだ温かい
温もりをそばで感じるのに
どうしてそこには何も中身のない
ただの人の形をしたものが横たわっているのでしょうか
母方のじいちゃんは葬式で
『そんなに焦っていかなくてもいいのに』とぼやいていました
その母方のじいちゃんが3ヵ月後
同じところへ
どこか遠くへ2人で旅に出てしまいました
母方のじいちゃんは入院して3日
わずか3日で行ってしまいました
よくぽっくりいったほうが良いとか
家族との時間を大切にしてからいったほうがいいとか
色々言うけど
結局のところそんなのなんでもないんだと感じました
『死』は『死』でしかなく
良い死に方なんて本当のところよく分かりません
でも苦しむのはやはり辛いです
でも残るものも辛いです
たった3ヶ月の間に
大切な人を2人も失ったときに
私が思ったのはただただ全ての出来事が不思議で仕方ありませんでした
この文を読んだらまた病んでるなんて思われるかもだけど
どうやら私は病んでいようが病んでなかろうが
いつも何か考えてしまうくせがあるようです
哲学とかが好きだからなのかな
今でも思います
流れる景色や音や全ての出来事が
まるで違う世界のように感じて
いきなり自分がどこかに飛ばれた感じがするときがあります
重症でしょうか(笑)
この地球という球体を
あの宇宙という果てしなき空間を
どこかで誰かが操っているのかな
私たちの世界なんてほんの一つにしか過ぎなくて
とても小さくて小さくて小さくて
宇宙だってもしかしたら蜃気楼のようなものかもしれない
そんなことを思います
では、なぜ私が『死』を選ばないのでしょうか
簡単です。そんな勇気がないからです。
結局のところ私は自分が可愛いようです。
『死』について考えると『死んでたまるか、死ぬ気で生きてやる』
と思います。
はい、言っていることはぐちゃぐちゃです。
知ってます。
それでも私は生きています
始まりがあるなら終わりがある
不変的なものはありません
私もあの人も親も友達もいつかみんなどこかへ行ってしまいます
だとしたら生きている間に何ができるでしょうか
人生が一度きりなら
私は何がしたいでしょうか
その人生を自分で断ってしまう瞬間とは想像はつきません
ただ、だれかそばにいてあげれなかったのかと思います
言葉は気持ちを伝える一つの手段ではありますが
『死』と触れ合ったとき
その言葉はなんの意味ももちません
あの時だけは言葉など何もいりません
何かを言ってほしいわけではなく
ただ隣にいてほしいのです
ただ時間だけが流れていくのが
一番良かったりもするのです
何も言わなくても隣にいてほしい
それは生きている温もりがほしいです
流れる血が駆け巡る心臓の音を
手を握ればそこにいる温かさを感じ
抱きしめ合えば何かが伝わる
私達がぬくもりを求めるのは本能なのでしょうか
セックスはぬくもりを感じるものでもあります
私がもし素晴らしい美貌の持ち主なら
間違いなくたくさんの人とと体を重ねます
体だけの関係や相手をとっかえひっかえが悪い
など耳にもしますが、本当にそれは悪いことでしょうか
衛生面の部分の話は置いておいて
その行為自体は私は好きです
相手にすること自体も当然だと感じています
自分に何かできるのならできる範囲で相手に一番いいことをしたい
こんなことを言うのは意外でしょうか
変態とでも言われるでしょうか
でもこれが私なりの愛し方のようです
こんな文章をかけばなんだか私に愛されるのは深くて怖いと
感じるかもしれませんねw
そう感じたなら仕方ないですが。。。
まぁとって食いやしませんよ
べったりなわけでもないです
まぁんなこたぁマジでどうでもいいけどwww
とっかえひっかえという言葉が適切ではないとしたら
自分に一番合う相手を求めている
とでも言えば聞こえはいいのでしょうか
中身は同じだと私は考えています
私がそれをしない理由は
やっぱり勇気がないからです
そんな勇気も美貌もなくびびりです
風俗店で働く女性を私はある意味尊敬します
お金のためや理由はあるにせよ私にはできません
男性も女性も自分の欲求を満たすためだとは言え
辿ればきっとぬくもりがほしいのではないでしょうか
だから冬はカップルが増えます
私達は寄り添いたいようです
生と死
相反するものが隣合わせだからこそ
今があるのでしょうか
よく分かりません
これは答えのでる話ではないのでこの辺にしておきます
ただ、いつもより少し受け止めるものが何かあったので
長々文章にしました
これは単に私が思うことです
そういう考え方もあるという範囲で
受け止めていただけばと思います
ふぅ〜この長さは久々

今日は寝るーゼ!おやすみー☆